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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1174号 判決 1964年5月28日

控訴人 平邦二郎

被控訴人 蝶理株式会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は訴外東邦商工株式会社より金八万五、〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、被控訴人に対し金五二万〇、四八四円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被控訴人の、その二を控訴人の各負担とする。

本判決中被控訴人の勝訴部分に限り、被控訴人が金一〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記のほか、原判決の事実摘示に記載せられたとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主張

1、本件射出成型機は高圧用であつたが、控訴人が昭和三三年三月中旬はじめて高圧用に使用したところ、使用着手と同時に故障を生じ、使用不能となつた。これは、射出筒取付部の鋳物にひびわれができたためであつて、売主側の製作上の瑕疵によるものである。そこで、控訴人は直ちに売主の東邦商工株式会社に対し修理を要求したが、同会社は一カ月内に修理するといいながら、これを履行しないので、控訴人は昭和三四年二月頃訴外宮崎鉄工所に修理させ、その修理は、同月末日完成した。

2、控訴人は、売主の瑕疵修補義務の不履行により、右宮崎鉄工所に支払つた修理代金八万五、〇〇〇円および事故発生後の昭和三三年四月一日から同三四年二月末日までの間における「得べかりし利益」を失つた分として一カ月金三〇万円(機械が完全であれば一カ月少なくとも四五万円の総売上高が見込まれ、これより人件費、電気代、消耗費等の月間諸経費一五万円を控除したもの)の割合による金三三〇万円、合計金三三八万五、〇〇〇円の損害を受けた。

3、東邦商工株式会社は控訴人の被つた右損害を賠償すべき義務があり、本件機械代金債権はこの義務を負担した債権であるから、控訴人は、本訴において、右損害賠償債権をもつて本件機械代金と対当額において相殺する。

4、仮に右相殺が不可能であるとすれば、被控訴人の本件譲受債権である機械代金債権と前記瑕疵による右損害賠償債権とは同時履行の関係にあるから、控訴人は東邦商工株式会社が右損害賠償義務を履行するまで本件機械代金の支払を拒む。

5、被控訴人の後記3の(イ)の主張に対し、控訴人は東邦商工株式会社から本件機械を買受けたものであるから、これを製作した不二越精機株式会社が倒産しても、東邦商工株式会社は控訴人に対する売主としての修補義務を免れるものではない。

被控訴人の主張

1、本件機械が不二越精機株式会社の製品であることは認める。

2、本件機械に控訴人主張のような製作上の瑕疵はない。仮に、製作上の瑕疵があつたとしても、本件機械の故障の原因を製作上の瑕疵のみに帰することは妥当ではない。本件機械を操作する場合、(イ)金型の取付方が悪いと、プランジヤーのセンターが狂い、そのためシリンダーの支持台(射出筒取付部)に異常の圧迫を生じて、ひびわれを起こす原因となり、(ロ)スパナ、ハンマー等を機械の上に置くと、機械の振動のためにこれらの工具が機械の微妙な部分に接触もしくははまりこみ、シリンダーの運動を不規則にしてしまう。これらは素人運転にみられる不注意であつて、控訴人やその工員たちは本件機械を取扱つたことのない素人であつたから、右のような運転上の不注意も本件機械の故障の原因をなしていたものである。

3、仮に本件機械の故障の原因が製作上の瑕疵に基づくものであるとしても、控訴人主張の損害額は不当である。すなわち、

(イ)  本件機械を製作した不二越精機株式会社は昭和三三年四月一四日三四〇万円の不渡手形を発表して倒産し、その後労働争議に突入した。かかる事実は新聞紙上に大きく報道せられたから、控訴人は、右不渡発表のあつた四月一四日以降は右不二越精機が到底本件機械を修理しえない情況下にあることを知りえた筈である。しかるに、控訴人は不二越精機に対し漫然右機械の修理を依頼しただけで、自ら他に修理を求める等の措置を講ずることもなく、昭和三四年二月末まで放置した。したがつて、他に修理を求めなければならないことが明確となつた昭和三三年四月一五日頃以降は控訴人自身の危険と損失負担において日時を徒過したものというべきであるから、右四月一五日頃以降昭和三四年二月末日までの間における「得べかりし利益」を損害額に算定するのは、不当である。

(ロ)  さらに、控訴人主張の一カ月の純益金三〇万円は正当ではない。すなわち、本件機械一台による一カ月の附加費(総売上高より材料費を控除したもの)は約三六万円であり、一二時間稼動の場合の附加費はさらにこれより激減する。又、控訴人が本件機械を使用してなす事業は、新規事業であつて、過去の実績も安定した取引先もないから、毎月一定の純益があるものとして純益に期間を乗じて「得べかりし利益」を算定するのは、相当でない。

証拠関係<省略>

理由

一、本件請求原因事実については、当事者間に争がない。

二、控訴人主張の相殺の抗弁について検討する。

控訴人が昭和三六年三月二二日の当審第三回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、控訴人の訴外東邦商工株式会社(以下、単に東邦商工という)に対する損害賠償債権合計金三三八万五、〇〇〇円を自働債権として、被控訴人の本件譲受債権金六八万五、〇〇〇円と対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことは、記録上明かである。而して、控訴人に対して本件債権譲渡通知のなされたのは昭和三三年一二月二四日頃であるから、少なくとも右譲渡通知のあつた一二月二四日当時控訴人が譲渡人の東邦商工に対して相殺適状にある損害賠償債権を有していた場合は、控訴人は譲受人である被控訴人に対しても該損害賠償債権を自働債権として本件譲受債権と対当額において相殺することができるものと解するのが相当である(民法四六八条二項。昭和九年九月一〇日大審院判決、民集一三巻一六三六頁参照)。

そこで、被控訴人主張の損害賠償債権の存否(ただし、ここでは、昭和三三年一二月二四日前に生じている損害賠償債権の存否のみを判断すれば足り、同日以降昭和三四年二月末日にいたる間の「得べかりし利益の喪失による損害賠償債権および同年二月頃に宮崎鉄工所に修理させて支払つた修理代金に相当する損害賠償債権は、仮に発生したとしても、前記債権譲渡通知後に生ずるものであることが控訴人の主張自体に照して明かであつて、本件相殺に供しえないこと上叙のとおりであるから、ここでは、これら債権の存否を判断する必要がないけれども、控訴人主張の同時履行の抗弁にも関連があるので、便宜上一括して判断する)についてみるのに、

当審における証人梅村光蔵、三島三郎、本多基、水島照夫の各証言、控訴人本人の供述ならびに控訴人の第二回準備書面添付のカタログ(記録一〇五丁)と原本の存在および成立に争のない甲第一、二号証、当審証人佐々木三郎の証言を総合すると、つぎの事実が認められる。

控訴人が東邦商工に買注文した高圧用の本件射出成型機は一流メーカーである川崎市所在の不二越精機株式会社(以下、単に不二越精機という)の製作にかかり(メーカーの点は争がない)、昭和三二年一一月頃控訴人に引渡されたものであるが、控訴人は右機械を購入してプラスチツク製造加工業をはじめた。ところが、右機械の射出筒取付部の鋳物に「す」があつたため、控訴人が昭和三三年三月中旬頃右機械を高圧用にはじめて使用した途端、右部分にひびわれを生じ、アセチロイドの射出成型がうまくいかないばかりか、災害危険のおそれもあるため、高圧用として使用できなくなつた。そこで、控訴人は直ちに東邦商工にその旨通知し、右機械の修理方を申し入れた。東邦商工と控訴人との売買契約には、本件機械に故障が生じた場合、その故障が製作上の瑕疵にもとづくときは、これを保証する旨の特約があつたが、東邦商工は、控訴人より右通知を受けて直ちに本件機械の故障を調査し、さらに不二越精機の大阪営業所へ連絡して右機械の故障個所を調べさせたうえ、控訴人に対し、一カ月以内に不二越精機によつて修理することを約諾した。しかるに、東邦商工は右一カ月以内に修理をしなかつたし、右一カ月の経過する頃の昭和三三年四月一四日に不二越精機が手形不渡を発表して倒産し操業停止を行つたのに次いで、労働争議に入つたため、右一カ月の経過後も右修理の責を果さなかつた。他方、控訴人としては、東邦商工の社長に従来恩義を受けていた関係もあつたので、同会社に対して修理の督促をすることもせず、遅くとも同月末日頃には前記の事情によりメーカーの不二越精機に事実上修理して貰えない情況にあることを知りながら、じんせん日時を経過し、漸く昭和三四年二月頃布施市内の宮崎鉄工所に右修理を依頼し、約二〇日間の日数を要して同月末頃右修理が完成し、同鉄工所に修理代金八万五、〇〇〇円を支払つた。

右の事実関係からすれば、本件機械の前記故障は製作上の瑕疵によつて起つたものであることが明かであつて、東邦商工は、売主として、契約上瑕疵修補義務を負うことは勿論、瑕疵があることによつて控訴人に生じた損害を賠償すべきである。被控訴人は、本件機械の故障は、素人の操作にあり勝ちな被控訴人主張のごとき不注意が競合して発生したものであると主張するけれども、これを確認するに足る証拠はない。

そこで、控訴人の損害額についてみるのに、

1、控訴人主張の「得べかりし利益」の喪失による損害について、当審における証人梅村光蔵、河野憲治の各証言、控訴人本人の供述(いずれも一部)を総合すると、本件機械が前記故障で使えなくなつた昭和三三年三月中旬当時、控訴人は神戸電機株式会社よりルノー型乗用車のハンドルリテーナの高圧成型を受注し、その受注量は継続して月間二、〇〇〇個ないし四、〇〇〇個が見込まれていたが、右故障のため受注にかかる仕事が全然できなかつたこと、控訴人が新規のプラスチツク製造加工業者である点を斟酌しても、控訴人は右受注により、一日一二時間稼動で、一カ月少なくとも、附加価値(総売上高より材料費を控除したもの)三〇万円より人件費、電力代、油代、水道代、原価消却費等の諸経費合計二〇万円を控除し、純益一〇万円を得たであろうことが認められる。

前掲各証拠中右認定に反する部分は当裁判所の採用しないところであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。控訴人は、さらに、松下電工との間に内定していた塩ビ製雨樋の継手部の成型下請が本件機械の前記故障により契約できず、そのため損害を被つたと主張するけれども、この点は証拠上全然認められない。したがつて、控訴人は本件機械の前記瑕疵により少なくとも一カ月金一〇万円の割合による「得べかりし利益」の喪失による損害を受けているものということができる。

しかしながら、本件のごとく、買主の購入機械の一部に製作上の瑕疵があつて、売主にその修補義務がある場合においても、その瑕疵が当該機械のメーカー以外の者によつても修理可能であり、かつ、買主においてこれを修補する経済力を持ち合わせているときは、売主が修補義務を履行しないからといつて、買主がいつまでも該瑕疵にもとづく企業上の「得べかりし利益」の喪失による損害の生ずるがままに放置しておいて後日買主にその賠償を得させることは、損害賠償制度における公平と信義誠実の原則にそぐわないところであつて、買主においても、該瑕疵から生ずる企業上の損害を避抑するため、合理的な注意と努力を払うべき義務があり、買主の合理的な努力等によつて避けられたであろう損害については、売主に賠償を請求しえないと解するのが相当である。かかる視点からすれば、本件においては、上叙のとおり、東邦商工は本件機械の故障発生直後の昭和三三年三月中旬頃、控訴人に対し、一カ月以内にメーカーの不二越精機の手で修補することを約しており、控訴人が不二越精機によつて事実上修理して貰えないことを知つたのは遅くとも同年四月末日頃であるから、控訴人はその頃までは東邦商工が修補の約束を履行するであろうと信ずる理由があるものというべく、したがつて、右四月末日頃までは控訴人は前記損害を避抑する義務を免れるものといわなければならない。しかし、控訴人において、東邦商工の右修補約束の期間が徒過し、しかも不二越精機の内部事情から東邦商工に修補約束の履行を期待できないことの判明した同年五月一日以後においては、控訴人は、東邦商工の修補義務履行に信頼を託しないで、他に修理を求めるなど適宜の措置を講じ、損害の軽減に努力すべきであつた。もつとも、控訴人がみずから修補して損害を軽減するには、控訴人自身の出費が必要ではあるが、かかる出費が当時控訴人に経済上不能であつたことを認めるに足る証拠はない。そして、本件機械の前記瑕疵の修理に要する期間が約二〇日であることは、上叙認定に徴してうかがわれるから、控訴人が東邦商工に修補約束の履行を期待しえなくなつた同年五月一日に逸早く他に修理を求めておれば、少なくとも同年五月二〇日には修理が完成し、同年五月二一日以降においては、もはや右瑕疵にもとづく「得べかりし利益」の喪失による損害は免れえた筈である。

したがつて、控訴人は本件機械の故障の発生した昭和三三年三月中旬以降前記の同年五月二〇日までの間は、右機械の瑕疵による「得べかりし利益」の喪失による損害として、一カ月金一〇万円の割合による金員の賠償請求権を有するものというべきであるが、その後控訴人主張の昭和三四年二月末日までの間は、たとい控訴人に損害が生じたにしても、それは控訴人自身が損害避抑義務をつくさなかつたことによるものとして、東邦商工に賠償を求めえないものといわなければならない。そして、控訴人の主張する昭和三三年四月一日以降前記の同年五月二〇日にいたる間の前記割合による損害額が金一六万四、五一六円(円位未満切捨)であることは計数上明らかであるから、結局、控訴人は東邦商工に対し、本件機械の瑕疵にもとづき右期間の「得べかりし利益」の喪失による損害として、金一六万四、五一六円の賠償請求権を有し、該損害賠償債権が本件債権譲渡通知のあつた昭和三三年一二月二四日当時すでに本件債権と相殺適状にあつたものというべきである。

2、東邦商工が本件機械の瑕疵につき修補義務を履行しなかつたので、控訴人が昭和三四年二月頃宮崎鉄工所に依頼して右瑕疵を修理し、修理代金八万五、〇〇〇円を支払つたことは、上叙のとおりであるから、控訴人は修補による損害として、東邦商工に対し、右八万五、〇〇〇円の賠償請求権を有することが明らかである。しかし、この損害賠償債権は前記の本件債権譲渡通知当時、本件債権と相殺適状にはなかつたことは、すでに述べたところである。

以上の説示により、控訴人の上記相殺の結果、被控訴人の本件譲受債権六八万五、〇〇〇円は控訴人の東邦商工に対する前記損害賠償債権一六万四、五一六円と対当額において、前記相殺適状の時にさかのぼつて消滅したものといわなければならない。しかし、右金一六万四、五一六円を超える控訴人主張の損害賠償債権をもつてする相殺の抗弁は理由がないのであつて、控訴人は右相殺によつても、なお、被控訴人に対し本件譲受残債権五二万〇、四八四円を支払うべき義務がある。

三、つぎに、控訴人主張の損害賠償債権をもつてする同時履行の抗弁についてみるのに、本件機械の売買は、売主以外のメーカーの製作にかかる機械を代替物として取引したものであることが上叙認定に徴して認められるから、売主の代金債権と不完全履行の一態様である機械の瑕疵についた買主の有する修補請求権もしくは修補に代わる損害賠償債権又は機械の瑕疵があることによつて買主に生じた損害賠償債権とは同時履行の関係に立ち、売主の代金債権が第三者に譲渡せられた後においても、買主は譲受人に対して同時履行の抗弁権を有するものと解すべきである。ところで、控訴人は本件債権譲渡通知のあつた昭和三三年一二月二四日以降昭和三四年二月末日にいたる間の「得べかりし利益」の喪失による損害賠償債権を有しないが、控訴人が昭和三四年二月頃本件機械の瑕疵を修補し、東邦商工に対し、金八万五、〇〇〇円を支払つたことによつて生じた損害賠償債権を有することは、いずれも上叙説示のとおりである。

したがつて、右修補による損害賠償債権の限度において控訴人の同時履行の抗弁は理由あるものというべきである。よつて、控訴人は東邦商工より右修補によつて生じた損害賠償債権八万五、〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、被控訴人に対し前記の本件譲受残債権五二万〇、四八四円を支払わなければならない。しかし、右譲受残債権に対して控訴人の遅延賠償を求める被控訴人の請求部分は、右残債権が控訴人の前記損害賠償債権と同時履行の関係に立つ以上、理由がないといわなければならない。

なお、控訴人は、被控訴人に対し、宮崎鉄工所で作つた鋳物部品を正確に寸法のでたものと取り換え、射出筒二本を取り換えることを求めるけれども、かかる控訴人の主張を認めるに足る証拠がないから、控訴人の右主張は理由がない。

四、以上の次第で、被控訴人の本訴請求を全部認容した原判決は結局不当に帰するから、民訴三八六条、九六条、九二条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 木下忠良 中島孝信)

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